70周年記念対談
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現在のハウジングの潮流と未来
─これからの住まい
野澤千絵+川崎直宏
70周年にあたり、当社代表の川崎直宏が都市問題や住宅政策に詳しい野澤千絵明治大学教授に「これからの住まい」について尋ね、共に豊かな地域社会づくりの実現に向けて語り合いました。
野澤千絵
明治大学政治経済学部教授
大阪大学大学院修了後、ゼネコンにて開発計画業務等に従事した後、東洋大学教授等を経て現在に至る。専門は都市政策・都市行政。日本都市計画学会理事。
主な著書「老いた家 衰えぬ街─住まいを終活する」「老いる家 崩れる街─住宅過剰社会の末路」講談社現代新書、「都市計画の構造転換 ─整・開・保からマネジメントまで」鹿島出版会日本都市計画学会編著
川崎直宏
株式会社市浦ハウジング&プランニング代表取締役社長
京都大学大学院修了後、市浦都市開発建築コンサルタンツ(現市浦ハウジング&プランニング)入社。
主な著書「これからの住まい─ハウジング・スモールネスの時代へ」岩波新書、「地域からの住まいづくり」ドメス出版、「地域再生─人口減少時代の地域まちづくり」日本評論社(共編著)、「人口減少時代の住宅政策」鹿島出版会(共編著)
現在のハウジングの潮流
住宅政策のなかの「民」の位置づけ
川崎|近年住宅政策においても、コスト削減を目的として公共事業における民間活用の流れとグローバル化も相まって大手民間企業が主役になってきていますね。
野澤|そうですね。一般的に住宅市場においては儲かるところを中心に繰り広げる「民」の流れが目立ちますね。しかし、私は流通性の低いエリアでの「民」の存在をどう考えていくことこそが、これからの豊かな住まいづくりにとってより大事だと思っています。
例えば、首都圏のスプロール住宅地では、私が「問題先送り空き家」と呼ぶ、相続されても放置されている空き家が増えています。周囲も空き家に囲まれているため、そのままの流通や賃貸、解体後の土地活用も難しい状況になっています。住宅政策のなかでも民は大手ハウスメーカーやデベロッパーが中心で、流通性の低いエリアで頑張っている方々は、業界団体にも属さず、政策検討の委員にもなれず、その窮状が公になりにくいことが問題です。
多様な「民」の活躍を
野澤|空き家問題は、地元の不動産屋さんの二代目三代目が空き家を転売し、福祉との連携や、NPOを立ち上げるなど、各地で様々な活動を行っていますが、他の宅建業者とバッティングし、それだけでは食べていけないのが現状です。旧態依然とした体制や、不動産取引の法律や仲介手数料などのあり方を変えるだけで、NPOやUターンしてきた宅建士などの活動を助け、ストックを流通させられると思います。住生活基本法では、不動産を含め様々な仕組みを変えなければならないと考えています。
川崎|ネックになっている法律の問題や資産評価を見直すことができれば、ビジネスに還元されて、世界が変わりますよね。私たちは国の制度や法律は変えられなくとも、そこに絡む提案ができる立場にいる数少ないコンサルタントなのかもしれないと思っています。
野澤|国の委員会でも、業界団体として組織立って提案できる政治的背景をつくっていかないと、宅建業法制度の改定などへも踏み込めないと考えています。私自身も住生活基本計画の住宅宅地分科会でも、たたむ支援策を税制で行うことを提言しつづけてきましたが、なかなかハードルが高いなと感じています。
「つかう」「たたむ」を想定しない住宅・まちづくりの法制度
川崎|1990年代の中頃からストック活用へと視点が移ってきましたが、建築基準法などの法や制度はいまだにつくることを前提としています。
野澤|「つくる」「つかう」も大事ですが、いま一番の問題は「たためない」ことです。「たたむ」ための仕組みが全くないうえに、たたむ方が税制上も不利になります。国の住宅政策でも新築重視、新築優遇が続いてきました。「つくる」から「つかう」、そして「たたむ」までをひとつのサイクルとして考えた住宅政策が必要だと強く感じています。つくればつくるほど次世代、次々世代に迷惑をかける現状から脱却すべきだと思っています。
川崎|私は「たたむ」というか「壊す」というイメージをもっています。ただし、建築は物を壊して終わりではなく、壊した後に残る空間に意味をもたせるためには、もう少し長いスパンと広い視野で考えていく必要があると思っています。壊す、解体する費用をだれがもつのか、建物のライフスパンで考えるべきだと思っています。
例えば、分譲マンションは売りっぱなしで維持管理も解体も管理組合がすべて面倒をみるという非常に無責任な仕組みになっているわけですから。
野澤|解体費込みでは売りにくいですから、民間は反対するでしょうね。そこで、例えば、子世代が先に解体費相当分を出せば住宅税や所得税の控除が受けられるような、不動産を売却すると、まちも世代交代するわけですから、定期借地権付きのマンションで解体費をプールするのと同じような仕組みを応用できないかと考えています。一方で、災害が増え、建物がより強固になるため、解体費がどんどん高くなるという話もありますから、次世代や次々世代に解体費を押し付けない仕組みの検討が必要だと考えています。
「暮らし」とは、地域特性に応じた住宅政策
川崎|住宅政策が住宅建設計画から住宅計画、住生活計画へと変わってきたなかで、「住まい」から「暮らし」へ、つまり空間や住空間が豊かであること以上に、住生活とは実は暮らしが豊かであることと考えているので、その重要性を認識しながら、私たちは日々の業務に取り組んでいます。
野澤|住宅政策のなかで住宅確保要配慮者の問題は議論されていますが、ツールがないのが現状です。これは「民」にどのように住宅政策に関与してもらうかが課題ですね。
川崎|暮らしを豊かにするためには、メンテナンスや使い続けるための様々な仕組み、ファシリティマネジメントなどにつながる話をもっと充実させなければならないと思っています。
野澤|セーフティネット住宅の情報提供システムや定年後の暮らしを豊かにするR65不動産[1]の取組みなども始まっています。これに取組みたい人たちをどのように支援し、一般化していくのかも非常に大切なことです。
川崎|セーフティネットについては、日本では公営住宅を核としてしか展開できていませんが、公営住宅と民間住宅の役割分担はどうあるべきか、公営住宅に基づかない住宅や民間住宅を活用した別のセーフティネット政策の形があるのかもしれません。国がオールジャパンで考えるのではなく、地方行政がそれぞれの地方が有している課題を浮き彫りにして、様々な仕組みを政策としてとらなければならないと思います。
野澤|地方の市町村レベルでは住宅政策課がない自治体が多く、県がマスタープランとして住生活基本計画を立てても、住宅政策をやっていない市には響かないという問題もありますね。
川崎|1990年代のHOPE計画[2]のように、行政側の体制が十分でなくても、住宅政策には福祉や公などへの多様な分野へとつなげ、問題を解決する方法があることを行政の方にもご理解いただきたいです。
「新たなコミュニティ」とは「在宅」から「地域」へ
川崎|「在宅」から「地域」へという視点は、非常に斬新だと思います。地域には様々なまちづくりの担い手がいることが大事ですが、地方に目を向けると、若い人は地価が安いところや、新興住宅地などにどんどん出て行ってしまいます。若い人ばかり集まっているエリアが虫食い的にできても、全体的には人口減という状況のなかで、多世代共生のまちづくりを地域でどのように解いていくかは非常に難しいことだと考えています。
野澤|「在宅」とは暮らしていた住宅に住み続けることを前提にしています。私たちは何を求めてそこに住んでいるかというと、地域の環境やコミュニティなどに対する愛着です。居心地の良さを求めていくと、福祉でも施設より在宅へ、在宅から地域へ、といった地域福祉に繋がる地域づくりを前提に考えていくべき時代になっていると思います。
ハウジングの未来
「民」による社会貢献を引き出す工夫を
野澤|儲ける民ではない住民や地域のステークホルダーは確かに大事ですが、儲ける民にどう儲からないところでやってもらうかが大事ではないでしょうか。受け止める地域であったり住民であったり、共に連携しながら、より地域に沿った活動をするのであれば、民も儲けていただいてよいと思います。ただ、いまは、民は簡単に儲かるところでしかやらない。民間の公共貢献の一環として、私が「隔地貢献制度」[3]と呼んでいる、地方や郊外と連動させつつ、民間のメリットになる仕組みが必要だと考えています。
川崎|10年前ぐらいまで民として想定していた株式会社は、利益を上げることが第一目標でしたが、徐々にそれは変わってきていると思います。CSV[4]やESG[5]など、環境やソーシャリティを前提とした企業活動、共有する、共感する価値を追求する経営に民も変わってくるべきだと思います。グローカルという言い方をしましたが、実はもっとローカルなところで、地球規模で考えて地域活動をするようになっていくのではないでしょうか。地域にコミットする民の活用・活躍の仕方は、大都市、それから大都市周辺、地方で違うだろうとは思いますが。
野澤|地方自治体が疲弊し、地域に専門家がいないなかでのPFI事業では、どうしても民間大手がポーンと出てきてしまいます。都道府県が広域的にサポートできるような体制など、公と民が相互で助け合えるような形にもっていかないと、PFIもうまくいかないのではないでしょうか。私の実感としては、未来の民が取り組むハウジングが住産業、生活産業になるということは非常に難しいと感じています。
川崎|言葉が適切かどうかわかりませんが、心ある民間企業はいるように思います。そのような企業をつかまえて、うまく分かつことを少しずつでも始めていくことが必要だと思っています。本来は行政がバックアップするのが一番良いと思いますが、行政のなかでも、若い人でそのような思いをもつ人も見受けられるようになってきましたので、そういう若い人たちに期待しています。
「新たな公共」への官と民の関わり方
川崎|行政に話が移りますが、いまのPFIは民間に丸投げし、地方行政が楽になる仕組みになっています。より豊かな環境をつくっていくためには本来は地方行政がやるべきことをきちんとやるなかで民をどの部分にどう活用するかを行政側で整理して考えていただきたいです。
「新たな公」という言葉があります。税金をもらい、行政が発注するというのは限界があり、もっと質を上げるためには、「新たな公」とコンサルタントがうまく連携する発注の仕組みができればよいと考えています。
例えば、SIB[6]に近い形ですが、行政から半分でも支援ができれば、様々な投資を集めて事業を行う仕組みが育っていくと思います。
野澤|そうですね。地域再生法などで、一部負担金を取れる仕組みにはなっていますが、民間が負担金を取ることが法的に認められれば、行政ではなく民間がその負担金を地域のために使えるのではないでしょうか。
私も最近、川崎さんのおっしゃるような、税金に頼らない新しいお財布としての負担金をきちんと取れる仕組みを作れないかと考えています。
新築重視の制度・風潮を変えるには
川崎|「戦後の日本では賃貸市場は崩壊した」と某大学の先生が言われています。戦後の庶民の夢は、住宅を持ち、それを老後の資産にすることであり、目標であった「住宅双六」時代は終わったと。持ち家を資産にしないというこれからの「住宅双六」についてはどのように思いますか。
野澤|質があまりにも低い賃貸住宅が、新築重視の背景にあると思います。設備面も含めて、コロナ禍で質が悪い賃貸住宅の問題が顕在化しました。アフォーダブルな形も含めて、暮らしやすく、楽しく生きていくために、賃貸住宅が選択肢になるような住宅政策に向かうにはどうすればよいかを真剣に考える必要がありますね。
例えば、郊外住宅地には広い空き家がそのまま放置されている「問題先送り空き家」が多くありますが、賃貸にすることで新しい世代が入ってくる、さらに賃貸の収益で解体費を稼いで住宅を壊し、そこに若い世代が好きなように新築住宅を建てるといったサイクルがきるのではないでしょうか。
川崎|賃貸市場ではマイクロファイナンス[7]とかクラウドファンディング[8]とか、社会貢献が重視されるようになり、それを糧にした賃貸市場が形成される動きがでてきています。そういう芽をこれからどう活かしていくかに焦点を移すべきはないでしょうか。区分所有マンションの所有権を別の権利に転換できれば、少しずつ変わっていくのではないかと考えています。住宅を資産として持つことが、今後もずっと適正かどうかは疑問です。債券のような形にして、持ち方を変える、所有の概念を変えていく、難しいかもしれませんが、それぐらいドラスティックな改変をしていかないと、ハウジングの未来の展望は開けないのではないでしょうか。
野澤|都心ではパワーカップルがタワーマンションを買っており、地方はいまでも新築の方が売れているところが多い状況ですから、所有の概念を変えるのは難しいと思いますね。
川崎|若い人はこれだけ空き家が増えているなかで、住宅を資産として持ち続けることを将来も期待しているのでしょうか。
野澤|若い人は住宅=資産というより、賃貸でお金を払うよりも自分のものになるのであればといった気楽な感じで、むしろ、所有しないとそれなりの質の住宅に住めない、また、高齢者は賃貸住宅が借りにくいという現状も問題だと思います。
川崎|住宅を売った側の責任が売った後も続くようになれば持ち家の供給のあり方も変わってきます。そうすると、賃貸のビジネスも変わりますし、崩壊していた賃貸市場をもう一度きちんと組み上げるという必要性が出てくるような気がします。
野澤|都市計画的なツールを組み合わせながら住宅供給のなかの賃貸比率を上げられないでしょうか。例えば、質の高い住宅に対する容積率緩和や税制上の優遇措置など、住宅をもう少しきめ細やかにコントロールするツールが必要です。容積率緩和分を災害対応とか救急対応をする方に賃貸し、賃料を安くするような話になれば、安心して暮らせ、安全な都市の経済活動もできると思います。
川崎|キーワーカーやエッセンシャルワーカーが、東京のどの辺にどう住んでいて、どのような状況なのか、それを明らかにしてはどうかと国等の統計調査等の項目として追加することを提案しました。見送りにはなりましたが、国として意識はあるようです。
野澤|それは、大掛かりなアンケートでなくても調査できそうですね。学識がデータを研究・調査し、住まいに関する困りごとと都市計画のツールが連携するような取り組みが必要だと感じています。
互助をベースとした新たなコミュニティ
川崎|いま皆が求めているのは、地縁血縁のようなつながりがはっきりした従来型コミュニティではなく、互助システムだと考えています。「互助」とは、仕組みはないが自然に顔見知りになって、災害などいざという時に機能できる状態をつくることだと思っています。逆にコミュニティは普段はしがらみですから、多くの人は日常的なつながりはもたなくてもよく、とても気楽なところで、ただ居心地の良い空間を持って、ときどき顔を見る程度の関係をつくれるようなコミュニティが求められているのではないかと感じています。
野澤|最近は、コロナの影響で東京全体での流入人口は減っていますが、地方からの若い女性の流入は増えています。やはり地方では、地域の目などを気にせずに生きたい人が増えているのではないでしょうか。また、一方では都市に暮らしている人の災害時のバックアップとして郊外空き家への問い合わせが増えているという話や、住み放題のサブスクリプション型の住宅でも、いきなりいろんな人が行ったり来たりされても地域も困るため、常駐している管理人の機能を大事にしていて、管理人が地域とのつながり役を果たしていたり、2地域居住でも移住コーディネーターさんが頑張っていたりという話も耳にします。都市と地方、都市と郊外の相互のバックアップに、家という存在が機能し始めていて、そこに「互助」がベースになる「新たなコミュニティ」が出てくるのではないかと非常に期待しています。もう少し政策としてもバックアップできるような仕組みがあると良いですね。
定住は求めないが、居心地のよい空間を
川崎|サブスク=賃貸住宅の新しい姿だとイメージされますが、私はそれにはちょっと違和感があります。サブスクという形態は、賃貸より安く、柔軟に住むということ以上に、どのような意味や価値があるのでしょうか。
野澤|サブスクでは立地も含めて居心地の良い空間が提供されます。しかも、立地条件としての魅力がありますね。
川崎|逆にいうと、そういうところを探して複数利用ができないと、サブスクの魅力がないということでしょうか。
野澤|住生活、生活産業という視点から、起きつつあるビジネスを住まいとどう絡めるかということは、互助の話ともつながります。住まいがあることで、新たにその地域と関わることができると思っています。定住もありますが、オンラインで仕事ができるようになってきて、ひとつの地域に根ざすというスタイルから、行ったり来たり、動くということを前提にした住まいへの変化がでてきて、これらがビジネスにもなっていくだろうと感じています。
地方と都市をつなぐ新しいコミュニティのあり方
川崎|従来想定していたコミュニティではなくて、新しいコミュニティの形態があるということですね。
野澤|そうですね。これまではイベント的だったと思いますが、地方と都市の間をつなげていく新しいコミュニティの関係に、住まいが関与できる余地があると考えています。私は固定的な定住圏や地域という縛りはあまり必要ではないと思いますが、川崎さんがおっしゃっているように、福祉や住宅医療の問題は定住と絡めて圏域のなかで解く必要があります。ただ、それを支える若い人が、行ったり来たりしながら支えられるような気楽な形にもっていかなければ、地域から若い人がいなくなってしまうのではないかという気がしてなりません。
川崎|状況や条件によって地域へのコミットの仕方が違っても、安心できる居心地の良い空間がエリアのなかにあることが大事だと思います。その場合、私たちが関わってきた団地はどうやって再生するのか、いま団地に求められるものは何かを、今後も掘り下げて議論していきたいと思っています。
市浦に期待されるコンサルタントとしての役割
川崎|昔ながらの地縁社会のマイナス面はありますが、私たちはそうではない地域のつくり方を模索していきたいと思っています。これからの地域のあり方について、先生はどのようにお考えですか。
野澤|地域とはいえ、皆が皆、流動的なわけではなく、生業をもっている人、誇りをもって残り続けたい人、残らざるをえない人は一定数います。そのような人たちと市浦さんのような専門家がタッグを組み、不動産を活用しようという人たちと「新たな公」の互助組織、いわゆるまちづくり会社などを設立し、地域で取り組む方法が考えられます。市町村が疲弊しているなかで、むしろコンサルタントのマンパワーや専門性が活かされるべきだと思います。ただ、結局その市町村からお金が出ているので、発注やお金の仕組みは変えなければならないと思います。
コンサルタントの役割として、専門性を活かした、政策に繋がる質の良い提案を期待しています。発注元に言いにくい側面もあると思いますが、そこは私たち学識者も役割分担していきたいです。
川崎|先導的モデル事業など、発注者である行政以外からお金が出てコンサルティングをするという仕組みは、すでにいくつかあります。私たちも民間からの社会貢献を引き出していく姿勢で行政と一緒に取り組んでいきたいと考えています。
分野横断的なデジタル技術の活用による郊外住宅地の価値向上
川崎|多様化する社会の中で、全体をとらえるのにデジタル技術というのは非常に有効であり、当社でも人流データの活用もはじめていますが、単にデジタル化して合理的、効率的、便利になりましたという話ではないのではないかと考えています。先生はデジタル化についてどのようにお考えでしょうか。
野澤|デジタル化すると色々と便利になりそうですが、そこまでいかなくもいいのではないかと思います。特に、大規模災害に対してはデジタル技術が役に立たないという前提で災害対策をしてくことが重要です。災害対応には、地域のコミュニティや広域的な手助けができるような仕組みの方が大事だと思います。
デジタル技術で可能性を感じているのが、モビリティ分野です。AIを活用したデマンド交通により地域に暮らしやすくなると思います。デマンド交通というと、中山間地域というイメージがあるようですが、大都市で事例が出てきています。福岡市のアイランドシティは埋立地にできたタワーマンションが多く立地している場所で、約300mに1箇所のミーティングポイントがあり、15分間隔程度でアプリで予約可能なデマンドバスが運行しています。働く女性が増え、子供のお迎えや塾、お稽古の送迎に時間をさきづらくなっていますが、子供のお迎え時間を予約しておけば、バスが家の前まで来てくれるので、送迎の代わりのような使い方もされているようです。さらに、公共交通が弱い地域では、お母さんが家族の送迎に時間を取られています。今後、身近な足としての使われ方が広まっていけば、古くなった郊外の住宅地や坂が多い街の価値が上がると思います。人の移動と女性が困っていることを絡めて違う分野と一緒にやっていくことで、住宅地の価値を変えていけるのではと感じています。ただし、交通事業者の利害調整については、法整備など政策の段階での調整ができる場が必要です。そして、デジタル化の前に基礎的調査データについては、分析できるようにデータを揃えておくことも重要な視点です。
川崎|デジタル化で何ができるか、私たちも勉強が必要ですが、先生がおしゃっているように、本当にそこまで必要か、何のためかということは気を付けないといけません。
野澤|デジタルツインはあったら便利かもしれませんが、人間の衣食住などの基本的なことを飛ばしてデジタル化にいくのではなく、元々の大事な身の回りの空間や居心地の良さがあった上でないと、本末転倒ではないかと思います。
川崎|野澤先生からいただいたご示唆を糧にし、今後の取り組みをさらに発展させていきたいと思います。
本日は、ありがとうございました。
- R65不動産:定年後の暮らしを豊かにという目的で、賃貸住宅が借りにくい高齢者のサポートするため65歳以上の部屋探し専門の賃貸情報サイトの運営など、民間の不動産会社による取組み。
- HOPE計画:地域特性を踏まえた質の高い居住空間の整備を目指して、1982年に創設された地域住宅計画制度である。モデル指定された市町村により地域の住まいに関わる人々や研究者、専門家等が連携し住宅整備が進められた。
- 隔地貢献制度(野澤先生私案):地方都市や郊外部において防災や脱炭素等環境貢献、まちなか再生等の公共貢献をした事業者等に対して都心等での開発時に容積率等のインセンティブを与えることで、都心の開発メリットを地方や郊外と連動させる仕組みのこと。
- CSV:Creating Shared Valueの略。企業が事業を営む地域社会の経済条件や社会状況を改善しながら、みずからの競争力を高める方針とその実行のこと。
- ESG:環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉。ESGの観点での配慮ができていない企業は、投資家などから企業価値毀損のリスクを抱えているとみなされる。
- SIB:ソーシャル・インパクト・ボンドの略。地域・社会の課題解決を図るための官民連携手法で、民間のノウハウ、資金を活用し、自治体が成果をもって支払う構造となっている。
- マイクロファイナンス:日本では、公的給付・貸付と一般的融資の隙間を補完する、非営利・民間の貸付事業で生協などが実施。
- クラウドファンディング:群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語。個人や企業、その他の機関が、インターネットを介してアイデアやプロジェクトを紹介し、それに共感し、賛同する一般の人から広く資金を集める仕組みのこと。